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中身を見ないで買う(ほぼジャケ買い)

2016年07月18日
エロビデオの場合。なるべく打率を上げようと思ったら月額見放題のサービスでザーッとチェックして、でもって気に入ったものをピックアップしておいて、将来的に単品動画の割引セールに出てくるのをひたすら待ち続ける。
このやり方だとあまりお金もかからないしハズレを引く可能性など微塵もないのだけど。

でもあれだな。パケ写でどこの誰かも分からないけど猛烈に好みで魅力的な女の子を発見して、細かいチェックなどせずに勢いでポチッと買ってしまって、でもって初対面の瞬間をワクワクしながら待ち構えるというか。
やはりエロにはそういう楽しみもあったほしかったりするわけなんですがー。

という理想はあるんだけど、最近続けて買った単品エロ動画がどうにもいまいち微妙だったりしたのだった。
うーん。期待は大きかったんだけど。ああ、残念で仕方がない。

というわけで、放置ブログに広告が表示されてしまったので、消去のためにどうでもいい記事をアップしました。
またそのうち長文を書きたくなったら更新も再開しますのでー。
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フランク・ヴェデキント『春のめざめ ─子どもたちの悲劇─』

2016年06月16日
ヴェデキント『春のめざめ』は、私にとって長く幻の名作であり続けていた。
Wikipediaで翻訳版の年譜を見ると、1955年の河出文庫版(菅藤高徳訳)から2009年の長崎出版版(酒寄進一訳)まで、ずいぶんと間が空いている。私がその名を知ったのは80年代の前半、入手が難しい時期だったようだ。
憶測だが、その当時ですでに歴史的役目を終えていたことも考えられる。

本書は子供たちの性の目覚めを率直に描き、性倒錯をほのめかす箇所さえあり、若すぎる妊娠などの問題を扱った作品なので、上演を禁止されたり、長く慎重な扱いを受け続けてきた。
しかしやがて作品が受容され、問題が広く認識されるとともに、スキャンダラスな印象も薄れたのであろう。過去の作品となり、顧みられることが少なくなったのではないかと思われた。

本書の内容や受容史については巻末解説やWikipediaにくわしい。

春のめざめ - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%A5%E3%81%AE%E3%82%81%E3%81%96%E3%82%81
(↑結末に至るまでのあらすじが書かれているので、未読の方は注意)

『春のめざめ』が描かれた19世紀末以降、世の中はずいぶんと変化し、いまでは性についての情報も氾濫している。なので、あえてこの作品を現時点で読む必要はないのかもしれない。
しかし国も時代も異なる少年少女たちの姿を通して、自分自身の遠い思春期に思いをはせるのも、そう悪くない体験ではないかと思うのだった。

ギムナジウムを舞台に、14~15歳の少年少女たちの性の目覚めが描かれる。
主人公格のメルヒオールは、頭の回転が速く才気溢れる少年。大人たちを恐れず思うがままに行動するのだが、その結果が不幸な結末を招き、友人たちや彼自身の身に降りかかってくる。
さまざまエピソードが語られるのだが、メインとなるのは友人の落第と自殺、ガールフレンドとのセックスと彼女の妊娠をめぐる一連の出来事である。

一方、世の気難しい読書家たちの関心を集めたのは、むしろいくつかのサイドストーリーではないかと思われるところもあった。
サブキャラクターであるヘンスヒェン・リーロウが演じる自慰の場面については、先日の記事で触れた。しかしそれのみでなく、彼にはクラスメイトのエルンストとの同性愛を思わせるキスの場面もあった。彼からは微かな異端の匂いが漂ってくる。

また、メルヒオールが友人のために書いたセックスの図解入り解説書が、不幸にも親や教師に発覚し、猥褻であると物議を醸す場面も興味を引く。事実をありのままに書いただけである。しかしそれが不謹慎であると大人たちが見なす時代があった。いや、この問題はいまもなお、依然として厄介事であり続けている。

思春期という時代は、確実に私にもあったはずなのだけど。しかしそれも大昔のこと。他の多くの人たちと同じく、私もまたそういう時代のことをすっかり忘れ果てていた。
しかしこういう作品に触れると、何か生々しい心地とともに、若く未熟で痛々しい感情が蘇ってくる。恥ずかしくて赤面してしまいそうだ。ポルノを読むより恥ずかしいところさえある。

14歳の頃に友人と語ったこと。クラスメイトの女の子について妄想したこと。日記に書いたこと。親や教師に抱いていた不穏な感情。ひとりきりになり、読書や創作に耽ることの出来る場所を切望していたこと。
14歳前後の妄念については、最近では中二病といわれるようになった。私もたぶんそうだったのだろう。あまり思い出したくないことも多いのだが、たぶんそれが私の原点だったのだ。

DMM.com [春のめざめ 子どもたちの悲劇] 本・コミック通販
http://www.dmm.com/mono/book/-/detail/=/cid=bk308_3075935/carameldow-005

ヘンスヒェン・リーロウ

2016年06月14日
フランク・ヴェデキント『春のめざめ』第二幕第三場にて、思春期の男子学生ヘンスヒェン・リーロウが鍵をかけた自室にて自慰に耽る場面が描かれる。
ヴェデキントの生没年は1864-1918、戯曲『春のめざめ』の完成は1891年。Wikipediaの写真史の項目によると、写真の大衆への普及は19世紀末のようだ。

写真史 - Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%86%99%E7%9C%9F%E5%8F%B2

作品で描かれた時代は、それよりも少し早かったのだろう。ヘンスヒェン・リーロウが自慰のための視覚的刺激として使用したメディアは、女性ヌードを題材とした絵画や挿絵の複製であった。

パルマ・イル・ヴェッキオの「ヴィーナス」、トゥーマンの「プシュケー」、コレッジオの「イオ」、ロッソウの「ガラテア」、ブグローの「アモール」、ヤン・ヴァン・ベールスの「アダ」、マカルトの「おそれおののくレダ」、ボーデンハウゼンの「ローレライ」、リンクナーの「捨てられた女」、デフレッガーの「ロニ」と列挙し、妻とした女たちの遍歴を誇る。
(コレッジオの「イオ」は大変美しい作品なので、私にもその画面の記憶があった)。

ギリシア神話やライン伝説の美しき女神たちの複製画がこのような目的で使用されるのは、当時は一般的だったのだろうか。

じつはマスメディア時代以前の自慰についてはあまり考えたことがなかった。記憶力や想像力が頼りだったのではないかと、何となく思い浮かべていたのだけど。国や時代によっては罪悪視されていた場合も多いので、ごく限られた、隠れた行為だと見なしていたところもあった。

私の予測は外れたようだ。
いまのようにインターネットで無修正動画だっていくらでも見られる時代と比べたら、ずいぶんとローテクなのだけど。それでもやってたことは基本的には変わらなかったのかもしれない。

ヴェデキント『春のめざめ』は、遙か十代の昔に何かで読んでその名を知り、すぐには必要ないけれど、いつか機会があったら読んでみようという、何か微妙なレベルで記憶に残ってしまった作品だった。
稲垣足穂だったような気もするんだけど、もう大昔のことなので記憶もあやふや。何ともいえない。

作品は、思春期の少年少女たちが性に目覚めていくという物語のようだ(まだ途中。読み終えてない)。
ではなぜ異端や性倒錯の立場からエロティシズムを語るような作家がこれに触れたのかとなると。おそらくこの自慰行為の場面にこそ、その価値があったのではないかと思われる。

遠い昔の宿題をひとつ片づけた。まさかこういう話だったとは思わなかった。

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引退宣言の回数を数える

2016年06月08日
いまのところ2回かな。
1度目は商業活動の一線から退いたとき。2度目は同人サークルを休止したとき。

でもって現在の状況はどうなのかというと。
前回の同人誌以降、活動休止で新サークルの準備中というのが、とりあえずは正式のステータスだったのだけど。とはいえダラダラとネットにつないで雑記とか書いていたら、ときどきそういうのを忘れていたりもする。

べつにいつ誰が何をしていようがどうでもいいような気がしつつも。日本社会は相手のポジションと話をする社会なので、現状を明らかにしていないといろいろな場面で都合が悪いというか。面倒くさいのだなー。

というわけで、つい先日までは「新サークル準備中」だった。
では現在はどうなったかというと、「既存サークル再開・新作準備中」となるのではないかと。

でも本当、ポジションというのが鬱陶しい。
朝起きて、さて今日は何をしようかとわくわくしながら考える。天気がいいとやっぱりドライブに出かけたくなる。なんて毎日を過ごしながら、人生の終わりまで辿り着けたら最高だなー。

いや、まあこういうのももちろん人それぞれですけど。貴方は貴方の価値観を貫いて下さい。普通はやっぱり、ひたすらポジションを高める人生がすばらしいんじゃないかな。

ポメラでプロット

2016年06月06日
マンガを描いていた頃も、私の場合はまずプロットを文章で書いて、シナリオへと膨らまし、そして絵コンテという手順だった。ストーリー先行型なのかもしれない。
でもってデジタルメモのポメラをひさしぶりに引っ張り出して、次の作品(デジタル紙芝居みたいな感じ)のプロットなどを文章で書き始めた。ゼロからイメージを作っていく作業は楽しい。

キャラクター設定や場面のスケッチなど、絵から入る人もいるのだろうけど。何となくそっちのが本職ぽい。ただまあ、私とはやり方が違うので、実際どんな感じなのかさっぱり分からない。
そういえば小説家のクライヴ・バーカーは、『アバラット』を書く前に無数の幻想画を描いてイメージを作っていったそうだ。そういうスタイルもある。

老後の趣味

いろいろな理由があって小説にも手を出したのだけど。もちろんその最大のものは、10代の頃から好きでけっこう書いていたのに、いろいろな理由で中断してしまったからとなる。

でもって、どういうかたちでやって行こうかとずっと考えているのだけど。
昔の人は高価な自費出版で誰も読まない作品集を作るしかなかった。しかしいまならネットもあるし、公開するだけなら誰にでも出来る。なので膨大な作品がネット上には存在している。
となるとやはり……ほとんど誰も読まない作品だって多いんだろうな。

いろいろ考えが錯綜しているのだけど、文章と挿絵の簡単なサイトで、老後の趣味みたいなかたちで細々と継続していくというのも選択肢のひとつとしてある。
老後になったからといっていきなり何かを始められるわけではないし。早いうちから、ヒマを見て少しずつ準備をしておくのもいいのではないかと。
とはいえ。10年後のインターネットがどうなっているのかさえ、想像しにくいところはあるなー。そこはまあフレキシブルに。

しかし10年前には、こんなにSNSが流行るとは思わなかったな。個人作業に価値を感じる人には難しい時代が続く。

散歩

ほとんど歩かずにスーパーで買い物が出来てしまうほどの便利な環境に住んでいながら。ときどきは電車を乗り継いでわざわざ遠くの駅まで出かけ。フラフラと散歩をしたあと、どこででも買える食料品や雑貨を買って帰るという。
ずっと引きこもって作業ばかりしているので、外を歩くと心地よいのだな。

儲からない

ラノベが儲からないから辞めるという記事を読んだ。
ラノベって活字本の中ではけっこう売れてると思ったんだけどな。私は世代が完全にズレてしまったので、ほとんど読んだことありませんが。

あ、そういえばちょっとしたお付き合いで、1冊だけ読んだことがあったかも。上手いし面白かったですよ。文章で読むストーリーマンガみたいだった。昔の少女マンガのような文学趣味も少しあって。
その作家さんはたしか兼業だったはず。

どうしても物語が

2016年06月05日
なるべく物語を排除する方向で作ってみようとしているのだけど、面白くしようとすると、どうしても物語が入ってきてしまうのだなー。
もともといちばん書きたかったのは物語だったし。もっともそのあたりでユーザーとズレを感じたので、修正を試みているわけなのだけども。

しかしまあでも。実際のところ16ページ程度の短いエロマンガでも、ストーリーを語っている余地はあまりなかった。なのでなるべく設定に盛り込んで、手短に済ます工夫はしていた。
エロマンガに妹ものとか多いのは、たぶんそういう事情もあるはず。

しかし油断するとすぐに、陰惨でマニアックでドロドロとしたエロ物語へと想像力が向かってしまうな…。
そういうものをポンポンと放出できる場所も作ろう。
スマホとかで無料のエロ小説サイトを読みたいような人も、きっといるはずだと思うので。

アイデアはいくらでも出てくる

2016年06月04日
使える・使えないにかかわらず、単にアイデアだけというならどんどん出てくるし、メモをノートに大量に書きためてある。

よく「アイデアに困っているのでしょう? 私のアイデアをマンガにしていいですよ!」という人がいるのだけど。
いや、アイデアはすでに腐るほどあるし、間に合っていますので…。

本当にすばらしいアイデアなら、描いてあげたい気持もあるのだけど。読むのと同じくらいのスピードでマンガが描けたらいいのだけどねー。
自分のアイデアでマンガを描くのでさえ大変すぎて、膨大なアイデアを死蔵している状態なので。

というのもあって、「小説はどうだろう」と考えたところもあるのですよね。
でもまあ私の場合、小説はあくまでも余技なので。まずはメインを充実させて、そのあとということで。

無人ブログ

2016年06月03日
少し更新をしないともう本当に人が来ない。
時代はすっかりSNSだなー。

物語がジャマ?

マンガを始めとするオタクコンテンツやDL同人は明らかに飽和状態で、商業レベルの質の高い作品がゴロゴロ転がっているのだけど。どこもかしこもレッドオーシャン。自分のように旧世代の者にはまさに目が回ってしまうような心地。
正直なところ、ちょうどいいところでそろそろ足を洗うのもいいだろうと、思うところもあるのだけど。

といいつつDL販売サイトをいろいろな方向から眺め回していたら、だんだん分かってきたようなところもあって。
物語がジャマなんじゃないかなー、と。前回同人誌の反省も踏まえつつ。

小説や、商業誌の長篇マンガ、あるいはアドベンチャーゲーム(ノベルゲーム)などは物語でいいのだけど。
DL同人やAVはむしろ物語をなくす方向で考えたほうがいいのではないかと。それが今回の方針。そうそう、AVが参考になった。

という感じで考え中。

小説サイトを延期する

2016年05月31日
こういうきわめて特殊なジャンルは、やはりあくまでも余技として取り組むものではないかと思えてきた。自分の趣味嗜好の重要な部分ではあっても、全体ではないし。

マイナーフェチジャンルに関わっていると、余技として描いたものが作者の真実だと誤解されることが多い。人格に直結してる愛好者も少なからず存在しているので、そのような誤解も生じやすいのだろうか。
なので、余技とするためにはまずメインの活動を優先する必要があるんじゃないかと。

誰にも教えないで黙って始めて、完全匿名を貫けばいいような気もするのだけど。
しかし絵を描いて掲載すると、いつか必ず足がつく。完璧に絵柄を変えられるほど器用でもないしな。発覚したとき面倒なので、最初から隠さない。

特殊ジャンルで創作するとき、ペンネームを変えている作家さんも多いようだ。
メインの活動の支持者に秘密にしたい場合もあるが、読者さんへの識別マークとして活用する場合もある。自分の場合は後者だろうか。

と考えたのだけど、小説はマネタイズに時間がかかりすぎて、しかも少額に留まるという事情ももちろんあったりする。
お金はいろいろ難しい面も多いけど。ちゃんと扱えば、モチベーションの根拠としてとても重要だと思っているので。

ノイズ

2016年05月30日
どうしてもTwitterに書いてしまうな。まー使いやすいからなー。やはり。

ここは長文とか、創作活動とは全然関係ないことを書きたくなったときのために残してはおきますが。エロサイト関連の日記ページというのは、もはやその存在価値がなくなったのではないかという気もしている。

もう10年以上前だっけ。エロ雑誌からコラムがなくなったというのが話題になったことがあったけど。もうその頃には、自分もエロ雑誌自体読まなくなってしまってはいたものの。何だか惜しい気持ちはしたのだった。
コラムけっこう好きだったのになー。巨乳専門誌のバチェラーとか。

と思ったら、今度は同人誌のあとがきが不要だという話も最近あったようだ。まーこれも時代の変化でしょう。
個人的には、そういう人目につきにくい場所に書かれたノイズみたいな文章は好きなんだけど。

単純に夜のおかずだけをエロに求めていたわけでもなく。何かこう、世間とか多数決とかを意識しないヘンテコなところが面白かったのにー。

検索キーワード

こんな場末の日記でも、ときどきエロ系のキーワードで飛んできて下さる方もいらっしゃるみたいで。自分も最近ちょっと興味を持ち始めたネタなんだよな。
すぐには無理だけど、もし機会があったら作品で扱ってみたい気もするな。

何てことをある日思ったとして。
で、実際に作品になったりするのは何年もあとだったりするんですが。そんなよく知らないネタ、分からないままテキトーに描いてもつまらないではないですか。

すぐには描けません。ちゃんとしたものは描けません。
というのがなかなか分かってもらえなくて、口汚く罵られたこともあったっけなー。
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